花火の音だけ聞きながら 第27回





 秋も深まった11月、自ら観光大使もやっている地元加美町の「人権フェスティバルin加美」というイベントで、トークショーをやって来ました。最初は私だけ講演を頼まれたんですが、これがまた1時間半とかある。テーマが「人権」の上、1時間しゃべると声が飢渇してしまう漫画家なので、一人じゃ無理無理というわけで、同じ観光大使仲間でもある友人のNに声をかけて、二人でトークということにしました。
 なにしろ「人権」ですからね、漫画家にそんなことしゃべらせるもんじゃありません。案の定、「毎日勉強に来いとかいう学校こそ人権侵害の場です。それから毎日働きに来いという会社も人権侵害の場所なんです」などと力説してしまう。子どもの教育に携わっている、トーク相手のNは困惑顔で、ガランとした客席も水をうったようにというか、シンシンと雪の降る夜のように静まり返っていました。やれやれ。
 当日は、運転手兼のアシスタント2名も連れて行ったんですが、このアシスタントども、ある日突然、「名刺を作りたい」とか言い出して、「いいよ」と言ったら、もうデザインも出来上がってるとかで、見せてもらったら、それぞれ、ぼのぼの、シマリス、アライグマのキャラクターの顔をあしらった名刺でした。私はぼのぼの、アシUがアライグマ、アシSがシマリスということで、もらった人はどうしても3枚集めたがる。すでに私の名刺を持っている人まで、「いがらしさんのも1枚ください」とか、わざわざもらいに来ます。麻雀じゃないんだから、3枚揃ったからって役がついたりしないのに。
 このアシ2名、新しい名刺を配りたいからついて来たわけではない。だいたい食い意地ばかり張ったヤツらなので、どこかに連れて行くと、少なくとも昼飯か晩飯を食わせることになります。いつもその期待感はヒシヒシと感じるので、トークショーの前の昼飯をどこで食わせるか、それに頭を悩ませたのですが、なにしろ加美町は田舎です。「うまいもの」なんてない。「めずらしいもの」ならあります。「天ぷらラーメン」とか「鮎そば」とか。「天ぷらラーメン」は、ラーメンの上にエビの天ぷらが乗っているだけだし、「鮎そば」は、そばの上に焼いた鮎か天ぷらの鮎が乗っているだけです。今回も同行した私の元スタッフだったKくんは、はじめての「天ぷらラーメン」を「うまい」と言って食べていましたが、2度目に食べさせたら、もうなにも言わなくなりました。
 観光大使なんだから、もう少し故郷の宣伝に努めてもよさそうなものですが、そうそう、「うまいもの」あります。地元の伝統の祭り「火伏の虎舞い」から名を取った、「虎舞いそば」というものがあって、これは掛け値なしにうまい。なんでも天日干しだそうで、雨が続いたりすると、店に電話しても、「今日は売るものがない」とか言われたりします。それでなくてもお店の人は高齢です。「本宮製麺」という店舗も町外れにあるんですが、やってるのかどうか定かではない店構えだし、現にやってない時の方が多い。余談ですが、うどんもおいしいです。細く平たい乾麺なので、あたたかい汁物にしてものびません。腰がしっかりしてるし、そばもうどんも基本は保存食として作っているので、1年ぐらいしてもまだおいしい。今時こんなそばやうどんを知りません。どうぞ検索してみていただければ。とは言っても住所と電話番号ぐらいしか出て来ませんが。
 そうそう、昼飯をどうするかでした。ひとまず町の中の食い物屋がある辺りをグルグルと回ってみたんですが、まだ12時前だし、土日は休業の店も多い。それと田舎なので、どこも店舗は古くくたびれ、どれが営業中で、どれが閉店中なのかよくわからない有り様です。だだっ広い駐車場が水たまりだらけになっている店もあります。
 しかし、グルグル回っているうちに、やっていそうな中華屋を見つけました。入口を見ると、中に灯りがついている気配がある。そこでクルマを停めて入ってみると、これが見事な「いにしえの食堂」で、私の頭に「古食堂」(©いがらしみきお)という名前が浮かびました。
 床を見ると塩ビというか、ビニール感のある材質に幾何学模様がプリントしてあります。それがところどころ汚れ剥げていい感じです。薄暗い照明もわけのわかんないシャンデリア風で、天井にも幾何学模様が走り、奥の方には、なにがいるのかわからない緑色のでっかい水槽もあります。メニューは、パソコンでプリントアウトしたものにビニールをかけただけの例のもので、写真は色あせ、油で汚れ、この店の歴史そのものを物語っています。なによりもメニューにある品数がやたら多い。ほんとにこれ全部作れんの?という感じで、我々がその日最初の客のようでした。
 とりあえず、私はニラ玉ラーメンというものを頼み、アシUがチキンラーメンと半炒飯、アシSがチャーシューメンとライス、オプションで豚の角煮もとりました。そこで、ちょっと興味が出たので、トイレに行ってみたところ、やはり今時、和式のトイレです。ついでに用をたして席に戻ると、アシUがいない。アシSに聞くと、奥の調理場の方でばあちゃんにスマホの扱い方を教えているとか。確かにヒゲの濃い、腹の突き出た巨体の男が、ばあちゃんになにかレクチャーしてます。ばあちゃん、電話をかける必要が出たようなのですが、使い方がわかんなくて聞きに来たそうです。料理を待ってる間に12時になり、ポツポツと他の客も来る。実は田舎の外食率は結構高いのです。外で飯を食うのが楽しいのだろうと言うと、ビミョーにサベツ感があるのでアレですが。
 思ったよりは遅い感じで、料理が運ばれて来ると、私のニラ玉ラーメンは、ニラの上に卵が落としてあるだけのシンプルなもの、アシUのチキンラーメンは、厚い鶏肉のチャーシューが扇状に何枚も乗せてあり、アシSのチャーシューメンも、厚い豚チャーシューがラーメンを覆っている。
 ひとまず食べてみると、これがふつうにうまい。ちょっと甘口の味付けは、食べて行くと癖になり、アシ2名も満足した模様。我々が食べ終わる頃には、家族連れや仕事中の昼飯、老人のひとり飯などの客で、なかなかの盛況でした。
 田舎なので、こういう「古食堂」は、いくつもあります。私の実家近くにも1軒あり、その店の中華そばは、Kくんのお気に入りで、昔ながらの煮干しダシ、丸くて真っ直ぐの日本そばのような麺といっしょに食べると、ほのかな苦味のあとに、じんわりとした甘味が残ります。私の子どもの頃から変わっていない味ですが、仙台の中華そばにもこういう「昔の支那そば」風のものが出て来ている昨今、常日頃から「ラーメングルメ」を気取るアシ2名にとっては、すでにそんなにめずらしいものではない。前に食べさせた時は「ふつうですね」的な顔をしていました。そこで「ションベンして来い」と言って、店の外便所に行かせたら、心底ビビって帰って来ました。ここは名だたる「地獄便所」(©Kくん)で、壊れ傾き、汚れ穢れて幾霜月、用を足すために近寄るのさえ恐れ慄くぐらいです。よくもまぁ、保健所がほっといてるもんですが、便所を建て直す余裕なんてもうどこにもない。高齢化し、跡取りもいません。みんな、自分の代で終わりという吹っ切れ感さえあります。
 つまり、こういうお店のこういう味も、もうすぐなくなってしまうわけですが、我々はどうしたらいいのかわからない。そうですね、あと10年以内にほとんどの店がなくなってしまうでしょう。
 当日、同行したKくんとは現地集合だったので、彼だけ別な「古食堂」に行って来たらしく、そこは「古食堂」というよりは、まさに「限界食堂」(©なぎらけんいち)で、私の生まれる前から、隣町の橋のたもとに、文字どおり風雪に耐えて立っていたところです。何度か前を通った時から、Kくん、いつも入りたそうな顔をしていたのですが、のれんが掛かっていたり、いなかったり。今回は運よくやっていたようで、入ってみたらびっくり。やはり満員に近い盛況だったとか。そこで彼が頼んだのが、意外にも焼きそばで、食べてみたら「ふつう」だったそうです。これから一生「中華そばにすればよかった」と後悔することになるかも。
 最近、私の仕事場のある最寄りの地下鉄駅に、新しいファッションビルが出来ました。そこには当然グルメストリート的なものもあるわけですが、テナントに入っているのは、他のビルでも見かけるお店ばかり。
 その駅ビルとは逆方向に、私の行きつけのそば屋があります。そこは仕事場を借りた日からなので、すでに20年は通っている。グルメアシスタントのUとSに言わせると、「あんなのそばではない」とか。ま、気持ちはわかります。春夏秋冬と、場合によっては日替わりでそばのコンディションが違う。私自身、なんでここに20年も通うかな、と独りごちる時もあります。ここも震災以来、うどんを止め、そばだけになり、そのうち品数も減ってしまった。すでに細々とやっているお店のひとつです。
 私はなぜこの店に通うのでしょう。それは自分の日常だからです。人は自分の日常を失うのはつらい。若い頃は入学したり、就職したり、新しい日常に興奮したものですが、果たして、今時、新しい日常を喜べる人が何人いるか。いずれどこかで見たような、聞いたことがあるような日常かもしれない。それが若い人が、旅をしようと思わない理由だとしたら、クルマを欲しがらない理由だとしたら、結婚しない理由だとしたら、子どもを欲しがらない理由だとしたら、その根は深いでしょう。そんなこと、61歳の年寄りの考え過ぎだったらいいんですが。


 

いがらしみきお

1955年、宮城県生まれ。仙台在住。1979年、漫画家デビュー。『ネ暗トピア』『さばおり劇場』などの過激なギャグで圧倒的な支持を得て、83年日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。86年から開始された『ぼのぼの』は、ベストセラーとなる。ほかの著作に『忍ペンまん丸』、『Sink』、『かむろば村へ』、『I(アイ)』など。

■受賞暦
1983年:
第12回日本漫画家協会賞優秀賞 (『あんたが悪いっ』)
1988年:
第12回講談社漫画賞 (青年一般部門 『ぼのぼの』)
1998年:
第43回小学館漫画賞 (児童向部門 『忍ペンまん丸』)
2009年:
平成21年度宮城県芸術選奨
2011年:
カルチャー誌『フリースタイルVol.17』の「このマンガを読め!THE BEST OF MANGA 2012」に『 I (アイ)』が第一位に選出











≪前
トップに戻る
次≫