6月25日更新 第17号

俳句×ショートショート 五七五の小説工房

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ようこそ。ここは「五七五の小説工房」です。

この工房では、皆さんからお寄せいただく俳句をもとに、俳人の堀本裕樹さんとショートショート作家の田丸雅智さんが、言葉の職人として、とっておきのショートショートを生み出します。

前回はピース・又吉直樹さんの俳句を題材にしましたが、今回は堀本裕樹さんの俳句をもとに、「五七五の世界」が、どのような小説に変わるのか、ご紹介しましょう。

題材の句
敷島の天砕けなば龍の玉 堀本裕樹

スカイリウム

田丸雅智


 素敵でしょう? 夫からプレゼントされたのよ。まさか、こんな小洒落れたことができる人だったなんてねぇ。
 突然、夫が空を見に行こうと言いだしたのは半年ほど前だった。
「ほら、もうすぐアレだしさ」
 夫に言われても、はじめは何のことだか分からなかった。
 よくよく考えてみて、ようやくよ。思い当たることがあったのは。結婚して二十五年、銀婚式が、もうすぐだってことに気づいたの。
 夫は不器用な人だから、それまで結婚記念日を祝ってくれたことなんて一度もなかった。それで、すぐには思い至らなかったの。なのに急に誘ってくるだなんて、珍しいこともあるもんだなぁと思ったわ。
 でも、空を見に行くって、いったい何をするつもりなのかしらと首を傾げた。ピクニックにでも行くのかなぁなんて考えてたんだけど、その日、夫が連れていってくれたのは、とっても変わったところだった。
 スカイリウム。
 そんな聞き慣れない場所に連れていってもらったのよ。
「何するとこなの?」
 到着するなり尋ねると、夫は言った。
「スカイリウム。空のミュージアムだよ」
「空の……?」
 わたしの頭は疑問符でいっぱいになったわよ。
 プラネタリウム、アクアリウム……そんな名前には馴染みがあった。だから、スカイリウムというのも、その親戚みたいなものかと考えた。
「まさしく、そんな感じ。まあ、いいから、とりあえず入って入って」
 なんだか子供みたいに楽しそうな夫に促されて、二人で中へと入っていった。
 足を踏み入れた途端、飛びこんできた景色に驚いた。
 そこは、一面が青に染まった空間だった。
 わたしは自然と、清々しさに包まれてた。閉ざされた空間の中にいるのに、まるで見渡す限り遮るものが何もない丘に立ったかのような開放感を覚えたの。
 目の前の青はスカイブルーのそれだと直感した。夫が言うスカイリウムという意味が、にわかに理解できた気がした。
 その青い光は、壁に嵌めこまれたガラスの小窓から放たれてた。小窓のひとつひとつは間隔をあけて壁沿いに連なってて、若いカップルを中心に、みんなじっくり中を覗きこんでたわ。
 わたしも早く見てみたくて、ウズウズしてきた。
 すぐに列に加わって、順番が回ってくると飛びつくように覗きこんだ。
 小窓の中の台座に置かれてたのは、小ぶりのビー玉くらいの青い珠だった。
「空珠っていって」
「そらたま……?」
 わたしは、すっかり目を奪われた。
 夫が空珠と言ったそれは、とってもきれいな色をしてた。単に青いだけじゃなかった。内側からひっそりと輝いてて、何とも言えない神秘的な気持ちになった。快晴の日の青空を、そのまま写しとってきたかのようで、感嘆の息が止まらなかったわ。
 しばらくして小窓から離れると、空珠のことをすぐに夫に尋ねてみた。
「あれはね、植物の実なんだよ」
 夫は説明してくれた。
「龍の玉っていう青い実をつける植物があるんだけど、その仲間にあたる珍しい草があって。龍寿草りゅうじゅそうって呼ばれてて、毎年、冬になるとあの実をみのらせるんだ」
「あの珠が、実なの……?」
 たしかに珠は、人工物には見えなかった。かといって、自然界に存在するものだとも思えなかった。それくらい、人智を超えた神聖な雰囲気を醸しだしてたの。
「龍寿草は一年をかけて、その年の空を覚えていくっていう、不思議な性質を持ってるんだ。いろんな空にさらされていった結びとして、一年間の空を象徴する実をつけるんだよ。いわば、その年の空の子供みたいなものかなぁ。
 龍寿草は、決まった場所には生えないんだ。だから毎年、春から秋にかけて、ここの施設の人たちは松茸を探すみたいに草を見つけるところからはじめないといけなくて。実は土地によって微妙にちがう特有の色合いを持ってるから、全国各地、いろんなところに出かけていって、各地で草を探すんだ。
 ただ、いちど見つけさえすれば、実は確実になる。ここの人たちは、たくさんついた実を摘んできて、その中から土地ごとに一番いいものを選定するんだ。このスカイリウムに並べられてるのは、そうやって選ばれた空珠でね」
 なるほど、と、わたしは思った。思い返すと、さっきの小窓の下には、場所の名前が書かれたラベルが貼ってあった。あれは産地のことだったんだって、合点がいったの。
 それじゃあ、と、わたしは言った。
「ここに並んでるものは、ひとつひとつ、ぜんぶ産地がちがってるの?」
 夫は深く頷いた。
 感心してるわたしに向かって、夫はつづけた。
「空珠のおもしろい特徴のひとつが、時間によって色が変わるところでね」
「変わるって……?」
「もうすぐ陽が暮れるだろう? すると、空珠もそれに合わせてだんだん赤味を帯びてきて、青紫になるんだよ。陽が沈み切ると、深い青に染まって星空が現れる。
 珠の色は東のほうで採れたものほど早い時間に変わりだすから、その変化を追うのも楽しいもので。もちろん、見える星座も産地によってちがってて、それもまたおもしろいんだ。前に来たときはすっかり夢中になっちゃって、気づけば半日くらいたってたよ」
「……ってことは、前にも来たことがあるの?」
 指摘すると、夫はもごもごと口ごもった。
「いや、まあ、うん……」
 道理で詳しいわけだと思ったわ。
 夫は気まずそうな顔をして目をそらした。そういうときの夫の心は見え透いてる。だいたい、照れを隠してる証拠。
 だからきっと、前に来たことがあるっていうのも、わたしと来るための下調べをしに来たんだろうなって察したわ。素直に言えばいいのに、不器用な人だからねぇ。
 まあ、それはともかく、それからわたしたちは館内を回って各地の空を楽しんだ。
 正直に言うと、素人目で空珠ひとつひとつの区別がついたかっていうと、自信はないわ。でも、眺めてるうちにとっても豊かな気持ちになれたし、自分の中でいろんな発見もあった。
 たとえば、空って、ちゃんと見てるようで見てないんだなぁって気がついたの。空なんていつも目にしてるつもりになってるけど、顔をあげて真上の空を眺めることなんて、よく考えるとほとんどないじゃない。
 空珠は小さなものに過ぎなかったけど、わたしはなんだか、何にも制限されることのない無限の空をそこに感じて、雄大な気持ちになったものよ。
 スカイリウムには、過去の空珠を展示してるスペースもあった。
「昔のものはさすがに全部は収まらないから、コレクションの中の、ごく一部しか展示されてないけどね」
 ときどき、ある年の空珠だけを特集した年代別の回顧展が開催されたりするんだって、夫は言った。
 世界各地の空珠を展示してるスペースもあったわね。
「ほかの国のもあるんだぁ……」
「もちろんさ」
 夫は館長にでもなったみたいに得意げだった。
「ほら、そっちの珠は明け方の空だけど、あっちのほうはちょうど夕暮れどきだろう? 当然だけど、場所によって時差があるからさ」
 わたしは、あたりを見回した。夫の言う通りだった。
「へぇぇ……」
 感心しながら、頭の中に、こんな言葉が浮かんできた。
 ――いつも世界のどこかで朝が訪れてる――
 希望の光は常にどこかに存在してるんだっていう、リチャード・ヘンリー・ホーンの名言だけど、それをこの目で実感して、なんだか元気づけられる思いだった。
 でも反対に、悲しい現実も目にしたわ。珠の中には異変が見られるものもあったのよ。
 青空が見られるはずの場所なのに、灰色に霞んでる珠があって。解説を読むと、大気汚染が進んでるところだって書いてあったわ。
 不穏な煙が立ちこめてるものもあった。年中、戦火が絶えない場所だって書かれてた。回顧展では、そういう空――空白の空の歴史にフォーカスを当てた企画もやってるらしいって夫が言ってた。
 平和を祈るっていうと安っぽいかもしれないけど、わたしは厳粛な気持ちに包まれた。
 そうして、すべての展示を見終わって会場を出たあとだった。
 わたしたちは、隣のミュージアムショップを訪れたの。
 そこには空珠をモチーフにした、たくさんのおみやげ品が並んでた。飴やクッキーの定番品もあったけど、特に素敵だったのがジュエリーだった。空珠に似た青いものがブローチに埋めこまれてたり、ペンダントになってたりした。
「レプリカにしては、よくできてるわねぇ」
 呟くと、夫が言った。
「いや、これはレプリカじゃなくて、本物の空珠だよ」
「本物?」
 わたしは首を傾げた。
「だって、本物はさっき展示されてたじゃない」
 すると夫はこう言った。
「展示されてるのは、その土地を代表するひとつだって言っただろう? それを選ぶための候補の珠は、たくさん用意されるわけ。ここにあるジュエリーは、選ばれなかった空珠からつくられたものなんだ。
 でも、選ばれなかったからって粗悪品なわけじゃない。間違いなく、良質なものが揃ってるから」
 そして夫は、何やら店員さんに耳打ちした。不審に思ってるうちに、店員さんが奥から何かを持ってきて、夫がそれを受け取った。
「ほら、これ」
 それは高級そうな桐箱だった。何なのって尋ねたら、開けてみるよう促された。
 入ってたのは、空珠が数珠つなぎになった青いネックレスだった。
 呆然としてるわたしに、夫がぽつりと言った。
「ちょうど銀婚式だし、たまにはと思ってさ。それぜんぶ、結婚した年に採れた空珠だから」
 夫は照れくさそうに目をそらした。
 わたしは面食らったわ。結婚以来、贈り物をされたのなんて初めてだった。
 でも、驚きが治まると、次にはやっぱり嬉しさが湧いてきた。と同時に、こっそりプレゼントを選んでる夫の姿を想像して、微笑ましくもなった。
 残りの空珠だとは言っても、さぞ値の張るものだろうとは思った。だけど、それには触れずに、ありがたく頂戴することにした――。
 このネックレスをもらったのは、そういう経緯なのよ。
 何と言っても、特筆すべきはこの青でしょうねぇ。珠のひとつひとつが結婚した年の空――二十五年前の空の色をしてるんだから。
 いまの空と比べると、どうかしら。昔のほうが澄んでるようにも感じるし、あんまり変わらないような気もするし……まあ、どっちの空もきれいだから、比べるのも無粋かなとも思うんだけどね。
 いずれにしても、せっかくそんな夫がくれたものでしょう? だから、最近は外出のときは必ず身に着けるようにしてて。昼間はこうして青いけど、夕方になれば赤くなって、夜には星が広がるから、みんなおもしろがってくれて話題にも事欠かないしね。
 ただ、ちょっと悩ましいところがあるのも正直なところで。
 健気な夫が可哀そうだから黙ってるんだけど、このネックレス、昼間に身に着けるのは躊躇ちゅうちょするのよ。
 というのが、空珠の放つ光が気になっちゃって。
 若いころなら関心も持たなかったんだろうけど、この歳になったら、ねぇ。
 こんなにたくさんの空をまとって、紫外線対策を怠るわけにもいかないじゃない?

終わり

いかがでしたか。

あなたの詠んだ一句が、言葉の職人お二人の手によって、このような素晴らしい物語に生まれ変わるかも知れません。

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